帰らないの?  敦盛さんルート・7月  あっくんかまい隊・U−2









タクシーが目黒通りを右に曲がり、スピードを落とす。



タクシーに乗った最初から緊張した面持ちで、

車外の風景を一つも見落とすことの無いよう全神経を集中してでもいるかのようだった敦盛が、

ようやく目的のものを見つけた喜びから、指さして言った。



  「ああ、その右側に見える入り口の大きな」



  「ああ、このマンションかい?」



タクシーは静かにハザードランプを点滅し、停車した。



  「済まなかった。さ、九郎殿」



  「……」



  「やれやれ、体操のお兄さんが酔い潰れちゃ、子供達がガッカリしちゃうかな?

   あ、運転手さん、これ」



  「えぇと、お釣りは」



  「あ、釣りはいいですから。ご苦労様」



  「え? そうですか? そりゃ、どうも…」







タクシーのテールランプが遠離っていく。



しかし、マンションのエントランスで、敦盛は考え込んでしまった。



  (この『ぼたん』のならんだ碁盤のどの番号を押したら良いのだろうか……?)



  「敦紀君、ここのマンション、オートロックなんじゃない」



  「ああ、それは分かっているのだが……」



  「大抵、暗証番号を入力すると、その扉が開くって仕掛けだけど」



  「その暗証番号が…」



  「え? だって、何度か来てるんだよね?」



  「常に九郎殿か、べん…い、いや、九郎殿の同居人の方と一緒だったもので…」



  「じゃあ、その『同居人の方』って人がいるんだったら、

   部屋番号を押せば、そこのインターホンで部屋と話ができるはずだけど」



  「ああ、そうなのだが、実は……」



  「…部屋番号が分からない」



  「……そうなのだ」



  「はあ…どうする? マンションの管理人に宅急便ですって、この人渡しちゃおうか?」



  「い、いや、それは…」



  「じゃ、最期の手段」



そういって弘行は九郎のポケットを探った。



  「弘行殿?」



  「さっきカッキーも言ってたじゃん。九郎さんの携帯…あ、あったあった」



  「あの…」



敦盛は、だったら自分の携帯を使えばいいと言おうとしたのだが、

弘行は、そんな敦盛の言葉を聞きながらも、九郎の携帯を開き



  「で、その人の名前は?」



と、メモリーを開こうとしていた。

敦盛はあることに思い当たって、九郎の携帯を弘行から奪い取るように受け取り



  「わ、私が電話しよう」



  「……まあ、そうだよね。
   見ず知らずの人間が九郎さんこのひとの携帯使って電話してきたら、同居人の人もビックリするだろうからね」



  「ああ、そ、そうなのだ」



と言いながら敦盛は、弘行が開きかけた九郎の携帯のメモリーを見ると、

案の定『藤原慶二』ではなく『弁慶』と、あまりに不用心で明け透けな名前で登録されている。



   ああ、やはり…。危ないところだった



自分の不安が的中し、隣で共に九郎を支えて立っている弘行殿に、

このことが発覚しなくて良かったと安堵する敦盛であった。



発信ボタンを押す。



掛かってくるのが分かっていて、携帯を手に持って待っていたのではないか、と思う程の速さで、

一度目の呼び出し音が鳴った瞬間に弁慶が電話に出た。



  「あ」



  「九郎! 柿沢君と飲みに行くのは聞いていましたが、これほど遅くなるとはk」



  「あの…」



  「え? あ!? あ、敦……敦紀…君…でしょうか」



弁慶の驚きと躊躇が目に浮かぶ。

それでも、用心してなのか『敦紀』と呼んだところに、敦盛は



   さすがは源氏にその人有りと名を馳せた軍師・弁慶殿だ



妙に感心しながら



  「はい、敦紀です。実は、九郎殿が酔い潰れて」



  「! 何ですって! すぐに迎えに」



  「いえ、御安心ください。今、マンションの下まで」



  「下ですか。では今、開けま……、いえ、ちょっと待っていてください。直接、僕が降りて行きますので」



  「そ、そうして貰えると助かる。じt」



余程慌てたのか、弁慶は携帯を切ってしまった。

実は他にも連れがいるのだと、弁慶に伝えようとしたのだが。



きっかり3分で弁慶は1階エントランスに現れた。

そして九郎に駆け寄り、そこで見慣れぬ3人目の人間を確認して、表情を強ばらせる。



弘行は弘行で、『同居人』というからには女性だろうと勝手に思い込んでいたので

自分とさほど身長の変わらない金髪の、しかもカッキーや九郎に勝るとも劣らない美形の男性が現れて驚いた。



  (弁慶殿は、弘行殿のことを警戒されていらっしゃるのだな)



敦盛は弁慶の表情から、そう察した。

他の人間には、特に女性からは優しい笑顔に見えるらしいのだが

男で、しかも人ならぬ身の敦盛にとって、弁慶のその表情は、

緊張し警戒している心理を見抜かれまいと、表情を意図的に消している様にしか見えない。



  「こんな時間なのに、本当にありがとうございます、敦紀君。

   で、こちらの方は?」



珍しく単刀直入に本題に入ったものだ、と敦盛は驚く。



  「あ、こ、この方は」



  「弘行です、盛田弘行」



  「どうも御親切に、盛田様」



  「いいえ、どういたしまして」



  「見ず知らずの」



  「あ、あの」



  「はい? 何でしょう、敦紀君」



  「弘行殿は、ヒノエと同じ大学の、そのヒノエの友人で…」



弁慶は、『ヒノエの友人』にピクリと反応し、珍しく眉間に皺を寄せた。



  「ヒノエの…そうですか。ご苦労様です」



弘行は、『ヒノエの友人』にガックリと反応し、いつものように溜息をついた。


  (ああああ、オレって『敦紀わたしの友人』って認識じゃないんだ…まだ……)



  「い、いいえ。たまたま、近くにいたものですから」



  「ヒノエは? あの子はどうしました? 一緒ではないのですか?」



  「ああ、御存知ではいらっしゃらなかったのだな。ヒノエは今『にゅうよぉく』で」



  「え? また、ですか……、ハァ…。ヒノエにも困ったものですね。敦紀君、1人で大丈夫ですか」



何となくトゲトゲした視線を投げかけられている



  「大丈夫…だと思うのだが」



  「ご飯はちゃんと食べていますか」



  「あ、ああ。昨日は朔殿と譲に。その前の日は王子駅のほうで…」



  「ああ、そうでしたか、それなら…。

   では僕も、今度、何か食事を作って差し上げますね。

   それにしても、まったく九郎ときたら…。こちらの酒は口当たりは良いし、アルコール度数も高いからと、

   何度も言って聞かせてはいるのですが、ね」



  「かなり、大量に飲んだみたいですよ。

   柿沢さんも酔い潰れて、タクシーに乗せるの大変でしたから」



  「2人とも明日も朝から収録だというのに…まったく困りますね、ハァ……。

   で、どうしますか? こんな時間ですからね。敦紀君、ここに泊まっていきませんか」



  「い、いや、大丈夫。帰ります」



  「でも、もうそろそろ終電も怪しいのではないですか?」



  「しかし、明日もお早いとのこと。かえって私などが泊まっては御迷惑に」



  「そんな気遣いは」



  「大丈夫です。オレが責任持って送り届けますので」



  「君が…? ……でも君のお宅は?」



  (おいおい、メッチャ警戒されてるんじゃん、オレ?

   『ヒノエの友人』から妙にトゲトゲしたものを感じるんですけどぉ!

   ヒノエ! この人といったい何があったんだ! どーいう関係の人ですかぁ!?)



  「さ、幸い、同じ横浜の方ですから」



  「横浜……、そうですか、それでは申し訳ありませんが、送っていっていただけますか。

   よろしくお願いしますね」



  「お安い御用ってやつです。喜んで」



  「では敦紀君、九郎を届けてくれてありがとうございます。

   本来なら部屋に上がって、お茶でもお出しするところなのでしょうが、こんな時間ですからね。

   君達も早く帰った方がいいでしょう」



  「あ、ああ、そうだな。では、失礼する」



歩きかけて数歩で弁慶に呼び止められた。



  「ああ、僕としたことが。忘れていました」



  「な、何をだろうか?」



  「お金ですよ。九郎の飲み代。どちらが払ってくださったのですか?」



  「それは弘行殿が…」



  「あ、いいですよ。大した金額じゃなかったし」



  「いけませんね。九郎がここまでになった酒代が、大した金額でない訳がないでしょう。

   こういうことはキチンとしておかなければいけません。

   しかも、君はまだ大学生ではないですか」



  「は、はぁ……」



  「さ、金額をお願いします」



有無を言わせない威圧感をもって、弁慶は盛田弘行に迫った。

完璧に気圧された弘行は、渋々、六本木の店の領収書を差し出した。



  「57,827円! やれやれ」



  「べn、いや、ふ、藤原殿、弘行殿は好意で」



  「ダメですよ、敦紀君。御好意はありがたいですが、金銭の絡む事はキチンとしておかないと、

   僕や九郎や君やヒノエの信用にかかわることになるのですからね」



  「そ、そうなのか。分かった、以後、肝に銘じておこう」



  「ええ、そうしてください。そして、君も」



  「え? オレっすか?」



  「ええ、君もです。学生の身分で親のスネをかじっている間は、

   万の桁のお金を『大した金額じゃない』などとは言わないことですね」



微笑んでいるのに、背中か腹にピストルを突きつけられたような感じで、背中に嫌〜〜な汗がジワッと流れる。



  「わ、分かりました。以後、肝に銘じますです」



  「そうしてください。では、これをお受け取りくださいね」



  「って80,000円もありますよ」



  「タクシー代です。と言っても深夜料金も最近は値上がりしましたからね。

   もし足りなかったら、その時はお二人仲良く、割り勘で不足分はお願いしますね」



  「分かりました」



  「では、お休みなさい」



  「ああ、失礼する」



弘行は早くこの場から立ち去りたかった。



  「ああ、それともう一つ」



  「ま、まだ何か?」



  「まっすぐお帰りなさいね、寄り道などせずに」



とどめのような笑顔で真っ直ぐに弘行を見つめ、釘を刺す。



  「分かってますって!」



  「なら、いいのですが。フフ。気を付けて」







ほんの数分の事だったが弘行は、この源九郎の同居人は、心底苦手だと思った。

あんな怖い笑顔というものを、生まれて初めて見た気分がして、どうしても足が速まってしまうのだった。



  「いったい、あの人はどういう人なの?」



  「あの人? ああ、藤原殿か」



  「そう、あんなおっかない笑顔って初めてだよ」



  「弘行殿は」



  「何?」



  「いや、意外と人を見る目がおありのようだ」



  「何で?」



  「い、いや…。特に理由は…」



  「あれ? そういえば『藤原』って…ヒノエと同じ…」



  「ああ、藤原殿はヒノエの叔父上に当たる方で」



  「えええ!!!! ヒノエの叔父さん!? 嫌なDNA!!!」



  「『でぃえぬえい』??」



  「ねえねえ、どっかでもう少しだけその話、聞かせてくれない?」



  「え? それは……」



  「ね!?」



  「で、では…、私も一つ伺いたいのだが…」



  「嬉しいな、何々?? 何でも聞いてよ」



  「御自宅が横浜ということだが」



  「え? ああ、あれ……嘘」



  「う……そ…」



  「そ、だって、『本当は世田谷区です』なんて言ったら、こ〜〜んな笑顔してさ、

   『方角が違いますね、とっととお帰りなさい』とかって言われそうだったからさ」



  「プ…クク」



  「あ、初めて笑ってくれたね。

   どう? どこかで、ちょっとだけ」



  「し、しかし……」



  「パフェ奢るから」



  「パ、パフェ…」



  「ま、この時間じゃファミレスだろうけど」



  「『ふぁみれす』…」



  「あと、アドレスも交換しようよ」



敦盛の冒険は、まだ続く。



いや、弘行の冒険、なのだろうか??













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